とほぶろ
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かたぎじゃないお母さん
イケメンくんが(って「とほつぶ」をイケメンくん呼ばわりするのも久しぶり…)落ちてるから、久々こっちをとほつぶ代わりに…。



どうにか祭りも終わり。無事に神輿も担ぎ。

特に目立ちすぎることもなく(けっ…)、それでも結構楽しめたからまあよかったかな、と。



いやほんと、掲示板でも書いてくれた人がいたけど、これぐらいの年齢の子ってすごく人目を気にするよね。

親が他の親と違ってるのがいやなんだよね。



そういえば私もそうだった。

今でも年齢不詳のおーまは、当時もやっぱりそうで。

授業参観にきたりすると、友達には「おかあさん、きれい!」って羨ましがられて、それはそれでちょこっと誇らしかったけれど、それでもどこから見ても「かたぎなおかあさん」じゃないおーまがやっぱり嫌で。



Oくんのお母さんが、いかにも良妻賢母を絵に描いたような人で羨ましくて、そんなことをぽろっとおーまにいうと「あんたってほんとーーーーに底意地が悪いわねっ!!!」と激昂されたりしていたなぁ…。



私もやっぱりどこから見てもかたぎじゃないもんな…。

ひばりが「恥ずかしい」って言うのも無理はないのかしら。



それでも、子どもに「ママは恥ずかしい」って言われるのって、かなりキツイ。

出て行って娘に「恥ずかしい」と言われるぐらいなら、出て行かないで「ひばりのママは全然出てこない」って他のママに陰口叩かれるほうがいいよ。
親子22:43りつこcomments(0)
作文帳
何気なくひばりの作文帳(ほぼ日記帳)をながめていて。



ああ、あの子も大変なんだな。

のほほんとしているように見せてやっぱり大変なんだな、女の子同士。

でもそれも勉強だよな。

すごい修行をしてるんだよ、君は。

ガンバレガンバレ。私たちはいつでもキミの味方だよ、と思う。



私も頑張らなくちゃと思う。

おやじに負けるな。

いじけるな。くじけるな。あきらめるな。
親子00:06りつこcomments(0)
子どもにとって親は「壁」のようなものだと思う。



父がいた頃は、父が私にとっての壁だった。

すべてのことがに父よって阻まれてしまう。



今夜はハンバーグが食べたい。

たまには遊びに連れて行ってほしい。

あのテレビが見たい。

そんな小さな願いもすべて父に阻まれてしまう。



父がいなくなった後は、母が「壁」になった。

父がいた頃に比べれば、理不尽なことはかなり少なくなったけれど、それでも自分の願望がそのまま通ることは決して多くはなかった。



あの時、すごくいやだった。

あの時、すごく悲しかった。

あの時、なんでわかってくれないの?と思った。

あの時、なんで私の思うようにさせてくれないの?と思った。

あの時、なんでうちはこんなの?と思った。

そんな思い出がたくさんある。



だから自分の子どもにはそんな思いはさせたくないと思う。

でもきっと子どもにそんな思いをさせてしまっているのかもと思う。



でもそれは決して悪いことじゃないんじゃないかと思うようになってきている。



たとえば、親の都合でやりたかった部活に入れなかったこと。

習い事をやらせてもらえなかったこと。

やりたくもない習い事をさせられていたこと。



そんなことの一つ一つが全部無駄になってないと思うんだ。



親が物分りよすぎるのはよくない。

親が子どもにとっての「壁」で、乗り越えたい存在で、踏みつけたい存在であること。

それは全然悪いことじゃないと思う今日この頃なんだ。
親子00:13りつこcomments(2)
のりやすい人
うちの母、どうやら「冬のソナタ」にはまり始めたらしい。



フォークダンスの仲間から「絶対感動するから見て!」と言われてビデオを無理矢理押し付けられたらしい。



「ヨン様なんてどこがいいのか全くわからない」

「最近の韓国ブームってバカみたい」

「おばさんがきゃあきゃあ言ってみっともない」

「どうせくさいドラマなんでしょ」



どちらかというと「けっ」という気持ちで見始めたらしいのだが、「これがよくできた話なのよ」「ヨン様だけじゃなくて、他の出演者もいいのよ。私はヨン様より○○(わからなかった‥)の方が断然素敵だと思うわ」「チェジュウも最初のうちは”変な女””変な役”と思ってたんだけど、見ているうちになんかいいなぁって思い出して‥」



凝り性な母は6時間ぶっ通して「冬ソナ」を見続けたりしているようだ‥。





こんな風にバカにしていたものにけろっとはまる母が私は最高に好きだ。



禁欲的で自分にも他人にも子どもにも厳しい人だったけれど、時々何かに夢中になるとバカみたいになるところがあった。

私がムズカシイお年頃の頃は、「なんだよ。私にはこんな風に言っておいて自分には甘いんだから!」と腹が立つこともあったけれど、カンペキなだけじゃないところが私にとっては救いだったなぁと思う。





ちなみに「冬のソナタ」。

見たことがないけれど、おそらく私も見たら100%はまると思うので見ないようにしている。
親子22:31りつこcomments(0)
迷いのない親
この日記を書いて、自分が言いたいことが書ききれていないなぁと思った。



確かに私はあの時、オーガニック過ぎる母さんより動じない母さんの方が断然好きだと思ったし、あんな母さんになりたいもんだと思った。

でも私が伝えたかったのはそのことじゃない。

私があの時感じたことをもう少し考えてみようと思った。



オーガニック過ぎる母さんは子どもの身体のことを考えて、あやしげな食べ物は食べさせまいと考えているのだろうと思う。それは全然悪いことじゃないと思う。



子どもがひどいアトピーで露店で売ってるようなモノを食べさせると発作を起こしてしまうのかもしれない。

すみれもアトピーがひどかった頃は、外食をすると、アレルギー反応が出ている卵と小麦粉が入っていないものであっても、決まって夜には発疹が出て、「外で食べてるモノって何が入ってるかわからないなぁ」と思っていた。



身体のことを考えて食べ物を選んでいるお母さんは素敵だと思う。

お菓子を手作りしたり、毎日掃除をしてできるだけ埃を排除するというのは簡単にできることではないし、その愛情は子どもにしっかり伝わると思う。



だからそのこと自体を非難するような気持ちはないのだ。



ただ私が彼女のことを嫌だなぁと思ったのは、「自分が正しい」と思いこんでいて、それを絶対に曲げる気はないという姿勢が見て取れたからだ。

自分のやり方をどんな時でも曲げるつもりはない。なぜならそれが正しいから。そんなかたくなさが見えて、自分がもしあのお母さんの子どもだったら窮屈だろうなぁと思った。





子どもが砂にまみれても動じず「目にはかけないようにしな」と言ったお母さんを私はかっこいいなぁと思った。

自分が全くそうじゃないから私は昔から「肝っ玉母さん」にあこがれているのだ。



でも彼女はもしかすると肝っ玉がすわっているわけじゃなく、子どものことに関心がないだけなのかもしれない。

興味がないから死ななければなにしてもいいさと思っているのかもしれない。

一面だけ見て「いい」「悪い」を判断することはできないだろう。





自分がうじうじ迷ったり悩んだりすることが多いから、迷いのない人に憧れる。

でも子育てに関しては、迷いがない人というのはちょっと怖いなぁと思ってしまう。



親があまりにも禁欲的で厳しいと、子どもは「いい子」にはなるが、大人の顔色を見たり親が見ていないところで息抜きをするようになる。

親があまりにも放任だと、子どもはどこでも傍若無人に振舞うようになる。

その加減が難しい。



私も自分が厳しすぎるのかと思ったり、甘すぎるのかと思ったり、全く自信が持てない。「この程度がちょうどいいよ」って誰かがその都度ジャッジしてくれたらどんなにいいかと思う。

旦那に任せておけば安心とも全然思えない。

子どもの様子を見ながら手綱を緩めたりきつくしたり。やりすぎたと思うと引いてみたり。もっとやらなきゃだめだと思って極端に走ってみたり。

私たちがこんな風に中途半端だから子どももなんだかぱっとしないのかなぁと思ったりする。



そんな自分たちがいい親だとは全く思わないけれど、あまりにも自信満々に「私の子育てに間違いはない」と言う人を見ると、その子どもは大丈夫なんだろうか、幸せに育っているのだろうかと思わずにいられない。

相手は人間なんだから「絶対にこのやり方がいい」とは言い切れないはずだと思うからだ。



でも結局のところ、子どもは親を選べないのだ。

親の言動やしつけや考え方や生き方に少なくとも子どもの頃は100%支配されている。

影響を受けないはずがないのだ。

親の生き方がそのまま子どもに跳ね返るのだ。



怖いなぁと思う。なんだか自分たちは大変な仕事を引き受けてしまったなぁと思う。

人生やり直して「ちゃんとした人間」になってから子どもを産めばよかったなぁと思う。

でもそんなことできないこともわかってる。



迷いながら自信をなくしながらも、愛情を持って子どもと向き合うこと。

それぐらいしかできることはないのかなと思う。

ひばりもすみれも、望むと望まないとに関わらず、我が家の子どもに生まれてきてしまったのだから。
親子13:52りつこcomments(2)
たまに早く帰れば
今日は久々に早く帰ったのだ。



でもそんなときに限って、だらだらテレビを見ているひばりが気になってしまう私。



子どもチャレンジをカレンちゃんの家でやったと言い張るひばりが信じられずに「ほんと?うそでしょ?」と責めて泣かせ、「答えあわせしちゃる」とし始めたはいいけど、「ここもここも間違ってる。テレビを見ながらやったでしょ?」と言ってまた泣かせ、「割り算が全然できてない」「なんだこの字は」とまた泣かせ‥。なんだかなぁ。



こんなことなら、毎晩遅く帰っていいとこ取りのおやじをやってた方がまし、かも。お互いのためにも。



なんていうのはずるい考え方だな‥。



嫌われてもいい。うらまれてもいい。

やっぱり子どもとちゃんと向き合わないとだめだ。

しみじみそう思った夜‥。



それにしても、そういう時のいやな感じの振舞い方が自分の親にそっくりで、いやになるね‥。
親子23:03りつこcomments(0)
離婚して母は元の姓に戻ったが、私は父親の姓を名乗っていた。



両親が離婚したとき、小学1年生だった私。

姓が変わって友達に奇異な目で見られたくないというのもあったが、それはどうせ転校したのだからあまり問題ではなかった。



姓を変えたければ家庭裁判所で父に会わなければいけないと言われ、どうしてもそれが嫌だったのだ。



裁判所で父親に会うなんて、どうしてもどうしても嫌だった。

どうしても会いたくなかった。

まさか父が一緒に暮らしていた時のように殴りかかってくると思っていたわけではなかったのだが。



もう私は父の手を逃れて、母と安全な場所に逃げたはずなのに。

まだ「父親」として、私にプレッシャーを与えてくるのかと思うと、それが耐えられなかった。



なんで母親の姓を名乗りたいのか?

そんなことを父の前できちんと話す自信もなかった。



私がそう伝えると、母は「わかったわ」とあっさり引き下がった。



でもそうやって逃げたことを私はその後ずっと後悔していた。

母と姓が違うことを学校で人に説明するとき、いつもどうしようもなく嫌な気持になった。

父の姓を名乗っていることでいつも母を裏切っているようで。

弱虫の自分を見せつけられているようで。



結婚して姓が変わって私は心底ほっとした。

ようやく父の呪縛から100%逃れられたと思った。



父ときっぱり関係のないこれからの私。新しい私。





だから。



開けたくないパンドラの箱をあえて開けようとしているあなた。

勇気をふりしぼって闘おうとしているあなた。



心の底から応援してるよ。

きっといいことあるよ。
親子22:58りつこcomments(0)
反面教師
「なんだかいよいよ私にも(風邪の菌が)来たみたい‥」



私が旦那にそんな話をしていたら、ひばりが申し訳なさそうな顔をして私に向かって言った。

「ママ、ごめんね。私の風邪をうつしちゃったね。」



私はあわてて言った。

「ううん。ひばちゃん、いいんだよ、そんなこと気にしなくて。お互い様なんだから。そもそもひばちゃんにうつされたわけじゃないし。」



それは風邪を私にうつされたと心底恨めしそうだった母に対する反発もあったかもしれない。

私は子どもに対して母のような態度は取るまい。



子どもが病気をしたときは、自分にうつすななんてことは言わずに看病してやろう。



つまりは反面教師ってやつだ。



親は子どもにいろんなことを伝えたいと思っている。

いろんなことを教えてやりたいと思っている。

でももしかして一番効果的な教え方は「反面教師」なのかもしれない、なんて思ったりする。
親子18:09りつこcomments(0)
子どもが病気の時 その2
子どもが寝静まってから、旦那と二人で話をした。



「ねえ、インフルエンザって聞いた途端マスクしたでしょう?心配するより先に。やな感じだよね〜」

私がそう言ったら、旦那はげらげら笑って言った。

「まあ、前からそうだし。お母さんのあれは、風物詩みたいなもんだよ。」



風物詩か。うまいこと言う。



「やな感じだよねえ」と言える相手ができたことで、私はそんな母のことを笑って許せるようになったのかもしれない。
親子10:21りつこcomments(0)
子どもと病気
ひばりを産んだ産婦人科で、退院する時に医者に言われた。



「これからひばりちゃんはいっぱいいっぱい病気するよ。こんなに病気があったのかっていうくらいするから、覚悟しておいたほうがいい。まずは近所で友達を作って、どこの小児科がいいか情報をリサーチしておきなさい。」



言われた時は思った。

なんて不吉なことを言うんだろう、この医者は、と。



この小さな赤ちゃんが高熱を出したり吐いたりしたら、私は冷静に対処できるのだろうか。

全然自信がなかった。



医者の言ったことは間違っていなかった。

ひばりは3歳ぐらいまで、まさに病気のオンパレードだった。

風邪、中耳炎、インフルエンザ、ヘルパンギーナ、手足口病、りんご病、アトピー性皮膚炎、嘔吐下痢症、流行性結膜炎‥。

最初の1年ぐらいは、こんなに小さいうちから保育園に預けているせいだと思い、ずいぶん自分を責めたりもした。



でも今は思う。病気は避けられないものなのだと。



だから子どもに病気をさせたくないと身をかたくしている新米おかあさんを見ると、その気持わかると思う反面、かかるときはかかるんだよ、そのたびに自分を責めたりうつした子どもを責めたりしないでほしいなぁと思う。



近所の友達のMさんは専業主婦で、すごくきちんとした人だった。

彼女は自分のペースを乱されることが何より耐えられないようだった。

私たちは一人目の子の母親学級で知り合ったのだが、彼女の「子どもに病気をさせたくない」という気持は、並大抵ではなかった。

「子どもが病気になったら一番大変なのは私だから」というのが、彼女の口癖だった。



子どもが鼻水を垂らしたりすると、その原因を追及せずにはいられないようだった。

「ねえ、どう考えても月曜日に菌をもらったとしか思えないんだけど、あの時来てた子のなかで風邪ひいてた子いた?」



他の子から病気をもらいたくないからと言って、人の来ないような公園ばかり行っていると、他の友達から聞いたときは、そこまでするか‥と嫌な気持になった。



保育園に入ってから病気ばかりしていたひばりは、Mさんにはまさに病原菌の固まりと思われているような気がして、症状が出てないときでも何かの菌を保有しているかもしれないし、そのたびに犯人探しをされたのではたまらないと、すっかり疎遠になった。



もちろん我が子を病気にしたくない気持はわかる。

でも、病気がそんなに悪いの?

親がどんなに気をつけていても病気になってしまうことはあるよ。

病気をする子は悪い子で、病気をしない子は親に苦労をかけないいい子なの?



Mさんの子どもは、彼女が徹底して管理した甲斐があって、3歳ぐらいまでほとんど病気にかからなかった。

そのかわり幼稚園に入ってからはまさに病気のオンパレードで毎月のように休んでいたらしい。

幼稚園に入ってからも彼女は犯人探しをしていたのだろうか。



彼女がその後考え方を改めたかどうかは知らないが、私はもう彼女に会いたいとは思わない。
親子22:55りつこcomments(2)
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